021
少し記事修正と追加しました。

(*・ω・)ノ たまには日本の事も
ということで浅学ですが神道について少し。

日本は敗戦によりGHQの指導の元におかれましたが、このGHQによって政府による神社、神道への支援、保全、
監督を禁じる神道指令がありました。

神道指令とはGHQが政府に対して発した覚書「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」の通称です。

これによって神道と国家が分離され、形の上では神道は仏教やキリスト教とならぶ宗教の一つとなりました。

しかしGHQはどうやら神道についてよくわかってなかったらしく、キリスト教と同じようにきっちりかっちりとした教義や教典、組織が存在していて、国民に大きな影響力があるものだと思っていたようです。
そしてこの神道こそが日本の強さの秘密なのではないかと疑ったんですね。
実際日本兵と戦ったアメリカ兵は、日本人の戦い方にかなりビビっていたようです。
特攻精神とかアメリカ人には理解不能ですからね。
だからこそ、この神道の影響力を弱めようとした。
日本人を弱体化させる為に。

ですが神道指令を出したものの効果が薄く、後に条件が緩和されました。
なぜ神道指令の効果が薄かったのでしょうか?

戦時中の一時期に古事記・日本書紀を神典としたことはありましたが、神道には元々教義も教典もありません。そもそも日本で生活していれば大自然に感謝する心や、人と人が強調して生きる事、人と自然の和は教えられなくても育まれていくものです。ですが当の日本人も神道について詳しく誰かに教えてもらった覚えもなく、自然と身についてしまっている類のものですからGHQがわからないのも無理はないことです。

日本人は太古から地震や津波、台風、火山噴火で何度も大きな被害を受けましたが、それを乗り越えてきました。
一人ではとうてい復興できないことも皆が支え、助け合ってその度に強く生まれ変わりました。
日本列島という自然災害の多い特殊な環境の中で、我々日本人は正しく自然を恐れ、また同時に敬ってきた。私は神道の自然に感謝する考え方や和の精神は、そういった歴史の積み重ねの中から自然発生的に生まれたものだと思っています。
そしてそれは継承されていくもの。
まるで災害を乗り越える度に日本人の心に強く響き、他と共鳴し、より大きくなっていく鐘のようなものが日本人の心のどこかにはあるのではないかと思います。

しかしアメリカさんひどいです。
これも民族の精神性を骨抜きにして弱体化させる為の
やり方の一つなんでしょうけど・・・・
別の話になりますが
教育でもこの骨抜き政策をやられました。
「12,13歳までに神話を学ばなかった民族は例外なく滅ぶ」 と20世紀を代表する歴史学者のトゥインビーは言いました。
日本も歴史の教科書から神話について省かれてしまったんです。日本は神話の時代から続く国家ですから神話を省くということは教科書から日本の建国史を省くということです。自分が住んでいる国をいつ誰が建国したのか、答えられない日本人って結構いるんじゃないでしょうか。当然です。教えられてないんですから。でもそんな民族他にいますか?
国史で一番大事な部分だと思うんですが。これってアイデンティティに関わる重要な事だと思いませんか?
アメリカ人にアメリカ建国したの誰かと質問してみて下さいよ。答えられないアメリカ人っているんでしょうか?

神武天皇が建国して2675年(皇紀)続く世界最古の国家であるなんて歴史でならったらきっと子どもたちも日本の事を誇りに思うと思いますよ。
文字がない時代に建国してるんですから神話の時代の事は古事記や日本書紀でしかわかりません。
神話にはとうてい事実とは思えないような話もでてきます。ですが、ただ古来よりそう伝わってきているという事は子どもたちに教えてもいいと思うのです。
自分が子供の頃に教えられたのは世界第位二位の経済大国だという事。それはそれですごいと当時は思っていましたが、世界最古の国家で現在も続いている国と教えられた方がよっぽど驚き同時に誇りに思っていたかもしれません。

教科書も最近は大分よくなってきているようでこのあたりも書いてくれてるのも増えてきてるようです。

話がかなりそれてしまったので神道の
話題に戻ります。

その後、現在の日本国憲法で信教の自由の規定が作られ、国民は神道の信仰を強制されることはなくなりました。

一般的には
明治維新から第二次大戦敗戦までの80年間、日本政府は神道を宗教として国民に強制したと言われています。
これに対して国家が神道を強制したとは言えないという意見もあります。

ですが神道指令が出されても戦後、日本の多くの人は自ら神道に関わり続けました。
それは地域の人々が主催する神社のお祭り、神式による婚礼や葬礼、安全祈願、健康祈願、安産祈願、初詣等の様々な年中行事。
国家は神社の支援や保全の支援をできなくなりましたが、それによって日本各地で古くから根付いていた伝統的な祭りが廃(すた)れることはありませんでした。

戦後の貧しい時期、人々にとって祭りは最大の楽しみであり、地域の人々がともにささえあうことの大切さを認識する場所でありました。
だからこそ皆で祭りを盛り上げていったのです。

と・・・・ここまでは絵と関係のないお話になってしまったのですが今回何をメインに書きたかったというと厄祓いについてです。

神道はようするに明るい気持ちで人に優しく、自然を大切にしようということです。
だから厄をためる生き方をしてはダメ。
では厄ってそもそも何なのか?
それを祓うってどうやればいいのか?

まず、厄とはそもそもが役が変じたものと言われ、その昔、数え年が42歳になった男性や33歳になった女性が村の指導者を務める頼れる年頃の年齢とされました。
役年の男女が神様にお供え物をしたり、神事をとりはからったりする重要な御役目です。
だから心身ともに注意をはらって生活するように過ごした。この習慣が元になって厄年(役年)を忌むようになったそうです。

厄とはぶっちゃけ苦しみやわざわいのようなものです。

厄はまず2つに分かれます。
自分が作り出す厄と相手が作り出す厄です。

自分が作り出す厄にはどんなものがあるかというと、物事を悪い方に考えてしまったり、思いつめてしまったり、嫌な事に腹が立ってしまうこと等で生み出されていきます。現代風に言うとストレスみたいなものです。
気分が疲れてグチグチ言ったり、他人のやること全てに腹が立っていませんか?

もう一つが相手から持ち込まれる厄です。
嫌なニュースを聞かされる。<`∀´>ヨンダ?
誰かに嫉妬され意地悪される。<`∀´>ン?
愚痴や不吉なうわさ話を聞かされる。<#`Д´>ナニカ?
ありもしない起源説を延々と聞かされる。ヽ<`Д´>ノグギィ
キムチを無理やり口に詰め込まれる。<丶`∀´>ノクウ?

ということで私を含め皆さん韓国人による厄がもたらされているわけです。「疫病神」という言葉があります。疫病を流行させる悪い神様が転じて人々に忌み嫌われるものがこう呼ばれるようになりました。
まさに韓国という国は疫病神のごとしです。
厄がたまると穢れになり罪となります。
上の絵はそういう穢れた疫病神をイメージして描いたものです。

で、もうかなり長くなってしまったので
最後に神道での厄を祓う方法です。

「洗う」
「流す」
「捨てる」

要は掃き清めてきれいに洗って外の汚れを
中に持ち込まない。お風呂でゆっくり入浴して
体を清める。顔を洗って手を洗う。
昔ながらの日本人の習慣自体が厄を祓う行為に
実は繋がっているのです。

またそのうち神道とか仏教とかも勉強中なので
機会があればまた記事にしたいと思います。